岡山県で旅館業を営む古林さんがCIDPを発症したのは37歳の時。確定診断までに2か月近くを要し、2年間治療したが、効果が出ず無治療状態が8年続きました。それまで精力的に活動していた古林さんは失意のどん底で引きこもる日々へ。見かねた家族の叱咤激励により、だんだんと意欲を取り戻していきます。今は家族や周囲のサポートを受けながら持ち前の行動力で出張もこなすという古林さんに、病気と向き合う10年間の軌跡について伺いました。
思うように手足が動かなくなり受診へ。2年間の治療の効果もなく諦めた
古林さんがCIDPを発症したのは、1991年秋のことです。友人から「歩き方がおかしい」と指摘されたものの、古林さんにその自覚はありませんでした。しかしだんだんと、つまずいたり転んだりすることが増えてきます。最終的に「これはいよいよおかしいな」と意識したのは、得意なスキーをした時でした。
古林さん「リフトで頂上まで行き、さあかっこよく降りるぞと。ところがステンステンと転びまくり、やっとの思いでロッジにたどり着くありさまで。これは明らかにおかしい、病気だと自覚しました」
そこで初めて大学病院を受診したものの、希少疾患であるCIDPの診断にたどり着く過程は容易ではなく、確定診断までには2か月近くかかりました。その間にも症状はどんどん悪化していったのです。そしていざ治療を始めても、そのどれも古林さんには効果はありませんでした。
古林さん「ステロイドを2年続けましたが効果がなく、保険適用外の治療についても先生が教えてくれたのですが、大変高額だったこともあり諦めました。1994年の春には、全く無治療状態になりました。」
不安で引きこもる日々を救った妻の叱咤激励
1994年の春から、無治療の期間が8年続いたという古林さん。もともと仕事も趣味も精力的だったのに、外出する意欲もなくなって引きこもる生活となってしまいました。
古林さん「前の日にできていたことが翌朝にはできなくなるんじゃないかと思うと、寝るのすら不安になって。眠れなくなり、気分も落ち込んで、やけっぱちで大酒飲んでは家族に迷惑をかける日々でした」
失意のどん底にあった古林さんが立ち直るきっかけを与えたのは、妻の美穂さんでした。「どうにか前を向いて生きてもらわなきゃ」という一心から、思い切った発破をかけたのです。その様子を、小学生だった娘の摩美さんはよく憶えていると言います。
摩美さん「母が父にバケツの水をぶっかけて『ええから表に出なさい』と。衝撃的でしたね。普通ならそっとしておこうと思うのかもしれないけど、そうやって働きかけて父のやる気を取り戻させた母は、すごいと思います」
古林さん「妻は『家のことはともかく、皆さんから信頼していただいて引き受けた役だけは責任持って果たしなさい、それすらしないならもう人間じゃねえで』と。けっこうきつい言い方をされましたが、それで目が覚めて、酒もやめて出張にも行って。そこからだんだんと変わっていきました」
古林さんに代わって仕事を引き受けていた息子の裕久さんも、父に仕事を任せるように努めました。それは古林さんへの同情からではなく、父の力を信じ、尊敬していたから。父の経験や知識は業界、町のために役立てることができると、人々と積極的に交流するよう強く勧めていきました。
裕久さん「父は旅館業界のため、町のためならすごい行動力を発揮する人。それだけの知識と実行力を病気のために埋もれさせておくのはもったいないじゃないかと、父を引っ張り出しました」
ご家族は「不自由でかわいそう」とは思わない、同じ人間として付き合うだけ
家族の叱咤激励によって再び前を向き、仕事にも精力的に取り組むようになった古林さん。とはいえ、生活全般にわたりサポートは欠かせません。朝起きて靴下を履かせてもらうところから始まり、ワイシャツのボタンを留めたりネクタイを締めたりといった日常動作は家族に助けてもらう日々です。
しかし、家族からすると「不自由があってかわいそうだから」といった気持ちで向き合っているわけではありません。ご家族誰もが「もともと手がかかる人ですから」と冗談ぽく笑います。
裕久さん「手が動かなくて、障がいがあってかわいそう、みたいな思いは微塵もないですね。同じ人間でしょう、という感覚で付き合っています」
古林さん「古林家の家訓は『自分のことよりも、ほかの人のためになることが先』。妻に言わせると、もともと外の仕事ばかりやっていて、あなたはわがままでだらしない人でしょ、と(笑)。別に今さら、これまでと変わらないよって言われます。身も蓋もないですが、そう言ってもらえるのが救いでもあるかな」
美穂さん「家族に対して、すまないという思いは持ってほしくないです。もちろんしんどいことはあります。でも、一日が終わって、明日も笑って暮らせたらいいね、と思いながら過ごせれば、それで幸せなんじゃないかなと思います」
症状の進行させないために、とにかく早期治療が大切
古林さんがCIDPと診断されてから、最初に受けた治療はステロイドの大量投与点滴、それから経口ステロイドによる治療を行いました。しかし、どちらも治療の効果がでませんでした。
2000年にヒト免疫グロブリン治療が保険適用となり、そこからは治療がスムーズに進むようになりました。診断や治療に時間がかかり、その間にも症状が進行してしまった経験を持つ古林さんは、早期診断・早期治療の大切さを訴えます。
古林さん「10年間ほったらかしにしている間、いろんな筋肉が動かなくなっていって。今は、CIDPの診断も迅速に出せるようになりました。治療を始めれば進行を抑えられる可能性もあるから、とにかく早く治療を始めることが大切ですよね。
同じ病気を持つ人には希望を持って前向きに治療に取り組んで、そして社会で活躍してほしいと願っています。病気になってできなくなることもあるけど、その分、ほかの人の苦しみに目を向けることもできるようになります。病気を負の持ち物だと思わずに、プラスの面にも目を向けて、生きることを楽しんでいきたいですね」
紹介した発症、診断の経緯および症状は個人の経験に基づいたものであり、全ての方が同様の経過をたどるわけではありません


